これは、一つの営業支援ツールが少しずつ賢くなっていく、いまも続いている記録です。
派手な話は、ほとんど出てきません。
天才も、閃きも、一夜にして世界が変わる瞬間もありません。
あるのは、うまくいかなかった一件を実際に開いて、「なぜだろう」と眺めるところから始まる、ずいぶん地味な時間の積み重ねだけです。
書いていて少し気恥ずかしいのは、出てくる間違いの多くが、笑ってしまうほど単純なことです。
けれど、その単純な間違いを一つずつ拾っていくうちに、成績は「200社に2社」から「5社に1社」まで動きました。
改良の回数は、300を超えています。
『リストル:フォームリーチツール改善奮闘記』によろしければ、お付き合いください😊

スケールアップではなくトラフィックを分散する。人間の「行列」に学ぶキューイング理論
■ アクセス集中(スパイク)による認証基盤の輻輳とボトルネック

10台を同時に立ち上げたら、全部が受付で弾かれました。
1台ずつ立ち上げれば、何の問題もありません。
2台でも、3台でも、動きます。
10台を同時に押すと、全部が入れません。
このツールは、立ち上がるときに、こちらの受付へ確認しにいきます。
正しくお使いいただいている方かどうか。その台が、契約の範囲に入っているかどうか。海賊版のようなものが出回るのを防ぐための、ごく短いやりとりです。
1台なら、一瞬で終わります。
ところが、10台が同じ瞬間に尋ねると、受付が捌ききれませんでした。
最初は、受付側が弱いのだと思いました。人手を増やせばいい、という考え方です。実際、少し増やしてみました。
20台にすると、また同じことが起きました。
増やしても、同じ瞬間に来られれば、同じです。
このとき、少し立ち止まりました。
人間の行列と、まったく同じだった。
■ ランダムディレイ(ジッター)とリトライ制御(エクスポネンシャルバックオフ)の実装
窓口が1つあって、10人が同時に押し寄せれば、誰も通れません。
窓口を2つにしても、20人が同時に来れば同じです。
人間の世界では、そういうとき、誰も「窓口を増やせ」とは言いません。
少しずつ、ばらけて並びます。誰かが指示しているわけでもありません。
自然に、そうなっています。
直したのは、2つです。
1つ目は、立ち上がるときに、少しだけ待つこと。全台が同じ瞬間に尋ねないよう、台ごとに、数秒ずつずらしました。ずらす長さは、台によって変えます。同じ長さだけずらしたのでは、結局いっせいに来ることになります。
2つ目は、断られたときの振る舞いです。
これまでは、断られたら、そこで諦めていました。
人間なら、そうはしません。少し待って、並び直します。
同じようにしました。
断られたら、少し待つ。それでも駄目なら、もう少し長く待つ。
待つ長さを、少しずつ延ばしていきます。
これには、もう1つ良いところがありました。
全部の台が同じ長さだけ待つと、また同じ瞬間に押し寄せることになります。待つ長さを台ごとに少しずつ変えると、自然にばらけていきます。
ここで、笑ってしまう話がありました。
ずらす仕組みを入れたとき、台ごとの番号をもとに、待つ長さを決めました。一号機は1秒、二号機は2秒、という具合です。
考え方としては、正しいはずでした。
ところが、実際に立ち上げると、やはり全部が同じ瞬間に来ます。
調べてみると、台の番号を取り出す部分が働いておらず、全台が「一号機」と名乗っていました。
全員が、律儀に1秒だけ待って、そのあと、いっせいに窓口へ向かっていました。ずらすための仕組みが、全員をきれいに揃えていたことになります。
番号の取り方を直して、ようやく、ばらけました。
■ サーバー増強(スケールアップ)に頼らないセッション保持(キャッシュ)の導入

直したあとは、10台でも20台でも、立ち上げに手間取ることはなくなりました。
この回で覚えたことが、1つあります。
同時にやると、1つずつやるのとは違うことが起きる。
1台で確かめて、うまくいったからといって、10台で同じようにうまくいくとはかぎりません。
むしろ、1台では絶対に起きないことが、10台になった瞬間に起きます。
こういう困りごとは、机の上で1台だけ動かしていても、まず見つかりません。実際に10台を並べて、同時に押して、はじめて分かります。
このあと、新しい仕組みを入れるときは、できるだけ10台で試すようにしました。
1台で動くのは、当たり前です。10台で動くかどうかが、本当に確かめるべきことでした。
もう1つ、受付の側についても書いておきます。
このときは、受付を強くする方向には進みませんでした。
強くしても、いつかまた同じことが起きます。台数が増えれば、必ず追いつかれます。それより、来る側が並び方を覚えるほうが、確実でした。
守る側を厚くするか、来る側の振る舞いを直すか。どちらでも解決するように見えるとき、たいてい、後者のほうが長持ちします。
もう1つ、この回で考えたことがあります。
立ち上がるときの確認は、本当に、毎回必要だったのだろうか、ということです。
確認そのものは、必要です。
ただ、1日に何度も立ち上げ直す方もいます。そのたびに、受付へ尋ねにいっていました。
1度確認が取れたら、しばらくは覚えておく。そう変えるだけで、受付へ行く回数は大きく減りました。
窓口の混み方は、窓口の広さと、来る人の数と、来る回数で決まります。
このときまで、こちらは窓口の広さのことしか考えていませんでした。
回数を減らすという発想が、いちばん最後まで出てきませんでした。
ここでも、笑ってしまう話があります。
覚えておく仕組みを入れたあと、こちらの手元では、確認が1度も行われなくなりました。
覚えておく期間を、うっかり長く取りすぎていて、最初の1回のあと、当分先まで有効になっていたのです。
試すたびに、確認が働きません。働かないので、確認が正しいかどうかも分かりません。期間を短くして、ようやく確かめられるようになりました。
■ キューイング(待ち行列)理論への抽象化。日常言語への翻訳による本質的課題の解決

仕組みを軽くするのは、いいことです。
軽くしすぎて、その仕組みが動いているかどうかも見えなくなるのは、また別の話でした。
この回のことを、あとから考えてみると、いちばん面白かったのは、答えの出どころです。
技術の話として考えているあいだは、「窓口を増やす」しか思いつきませんでした。
人間の行列として考えたとたん、「ばらけて並ぶ」「断られたら並び直す」が出てきました。どちらも、日常では当たり前にやっていることです。
銀行の窓口に10人が同時に押し寄せる光景を、誰も想像しません。
自然に、少しずつずれて並びます。機械には、その「自然に」がありません。
全部が同じ命令で動いているので、放っておけば、きれいに揃ってしまいます。揃うことは、ふつうは良いことです。
このときだけは、揃うことが困りごとの正体でした。
同じ動きをするものを10台並べたら、わざとばらけさせる。
この考え方は、そのあと、夜のうちに走らせる台の起動時刻にも使いました。
全台を同じ時刻に始めるのをやめて、少しずつずらすようにしました。
朝の終わり方も、ばらけるようになりました。
どちらも、人間の行列を見ていれば最初から分かることでした。
この回のことを、現場に話したときの反応も、書いておきます。
「要するに、一斉に押しかけたら混むって話でしょう」
そのとおりです。
「それ、開店セールと同じだよね」
まったく同じでした。
技術の言葉で説明しようとすると、難しそうな話になります。
日常の言葉に置き換えると、誰でも知っていることになります。
難しそうに見えていたのは、こちらが日常の言葉に置き換えていなかっただけでした。
このあと、困りごとを説明するときは、まず日常の言葉に置き換えてから話すようにしました。置き換えられないときは、たいてい、こちらがまだ分かっていないときです。説明できないものは、直せません。
説明の練習が、そのまま原因の整理になっていました。受付との付き合い方は、これで覚えたつもりでいました。
そうではなかった話を、次に書きます。
(つづく)
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