これは、一つの営業支援ツールが少しずつ賢くなっていく、いまも続いている記録です。
派手な話は、ほとんど出てきません。
天才も、閃きも、一夜にして世界が変わる瞬間もありません。
あるのは、うまくいかなかった一件を実際に開いて、「なぜだろう」と眺めるところから始まる、ずいぶん地味な時間の積み重ねだけです。
書いていて少し気恥ずかしいのは、出てくる間違いの多くが、笑ってしまうほど単純なことです。
けれど、その単純な間違いを一つずつ拾っていくうちに、成績は「200社に2社」から「5社に1社」まで動きました。
改良の回数は、300を超えています。
『リストル:フォームリーチツール改善奮闘記』によろしければ、お付き合いください😊

オーバーエンジニアリングの罠。システム全体の処理時間を圧迫する「過剰な親切」

良かれと思って足した機能が、いちばん時間を食っていました。
延べにして、172時間分です。
このツールには、いつのまにか、いくつもの「親切」が足されていました。
1つ目は、下見です。
いきなり訪ねるのではなく、先に軽く様子を見にいく。
相手のサイトが生きているか。
問い合わせページがありそうか。
それを先に確かめてから、本番の訪問をする。
考え方としては、丁寧です。無駄足を減らすつもりでした。
2つ目は、やり直しです。
うまくいかなかった会社を、その晩のうちに、もう一周してみる。
1度目はたまたま調子が悪かっただけかもしれません。2度目でうまくいくこともあります。
これも、悪くない考えに見えました。
どちらも、入れたときには誰も反対しませんでした。
誰も、時間を測っていなかったからです。
■ オーバーエンジニアリングの罠。稼働時間の内訳を可視化(プロファイリング)する
測ってみようと思ったのは、まったく別の用事からでした。
一晩の作業を、何にどれだけ使っているか、いちど内訳を出してみたくなったのです。
1件あたりの秒数は、これまでにも見ていました。
ただ、その中身を分けたことは、ありませんでした。
分けてみました。
- ページを開くのに使った時間。
- 欄を埋めるのに使った時間。
- 送信して、合図を待つ時間。
- 下見に使った時間。
- やり直しに使った時間。
出てきた表を見て、しばらく黙りました。
下見とやり直しで、延べ172時間。

これは、機械の時間です。
10台分を足し合わせた、延べの数です。
それでも、172時間は、大きすぎました。
あっ、と思いました。
無駄足を減らすための下見が、いちばん大きな無駄足になっていた。
■ 過剰な冗長化とリソース浪費。防ぎたかったはずの無駄をシステムが作り出す
下見の何が悪かったのか、考えてみました。
下見をしても、結局、本番でもう1度ページを開きます。同じページを、2度開いていることになります。
しかも、下見で「ありそうだ」と判断したページの多くは、本番でも、ちゃんとフォームが見つかります。
つまり、判断はほとんど同じでした。
下見が防いでいたのは、完全にサイトが閉じている会社くらいのものです。
その数は、名簿全体から見れば、ごくわずかでした。
わずかな無駄足を防ぐために、全部の会社を2度訪ねていたことになります。
やり直しのほうも、似た話でした。
その晩のうちにもう一周しても、うまくいく割合は、思ったほど高くありませんでした。
1度目で駄目だった理由の多くは、時間を置いても変わらない理由だったのです。
- フォームがない。
- 断りが書いてある。
- 人に確認を求める仕組みがある。
これらは、30分後に訪ねても、同じです。
しかも、悪いことに、やり直しは、たいてい昼間に走っていました。
夜のうちに一周して、朝に終わり、残ったものを昼にもう一周する。
昼間は、相手のサイトも混みます。こちらの回線も混みます。
いちばん条件の悪い時間帯に、いちばん見込みの薄い作業をしていました。
■ 機能追加より難しい「引き算の改修」。サンクコストを捨て去る決断

直したのは、思い切ったことでした。
どちらも、既定で切りました。
下見をやめる。
その晩のやり直しも、やめる。
必要なときだけ、手で入れられるように残しました。
これが、いちばん難しい直しでした。
足す直しは、気持ちがいいものです。新しいことができるようになります。
外す直しは、そうではありません。
それを作ったときの時間を、自分で否定することになります。
しかも、外した先で何か困ったら、外した人の責任になります。
ここでも、笑ってしまう話がありました。
下見を切ったあと、こなせる数は増えました。思ったとおりです。
ところが、届く割合が、わずかに下がりました。
調べてみると、下見のついでに、問い合わせページの場所を覚えておく作りになっていて、本番はその場所を使っていました。
下見を切ったので、その覚え書きもなくなり、本番が毎回、一からページを探すようになっていたのです。
親切を外したつもりが、その親切の中に紛れていた、本当に必要な仕事まで
一緒に外していました。
ページの場所を覚える部分だけを、本番の中に移しました。
外すときは、外すものの中身を確かめる。
ひとかたまりに見えるものが、1つの仕事とはかぎりません。
直したあとの結果は、はっきりしていました。
一晩でこなせる数が、大きく増えました。昼間の回線も、静かになりました。届く割合は、変わっていません。
足した機能を、勇気を出して外す。
これが、いちばん難しい仕事でした。
そして、外すかどうかを決められるのは、測ったあとだけです。
■ 新機能実装時のROI(費用対効果)基準。撤退ラインを事前に定義する
測らずに外せば、ただの勘です。測ってから外せば、根拠のある判断になります。
172時間という数字がなければ、この2つを外す決心は、たぶんつきませんでした。
この回のあと、機能を足すときの決まりを1つ作りました。
足すときに、外すときの目安も一緒に決めておく。
下見を入れたとき、こう決めておけばよかったのです。
「下見によって防げた無駄足が、下見そのものに使う時間より少なければ、外す」
決めておけば、あとは数えるだけで判断がつきます。
決めていなかったので、誰も外そうとしないまま、何か月も走り続けました。

機能というのは、足すときには理由があります。
外すときには、理由を一から探さなければいけません。
だから、外れないのです。
もう1つ、書いておきたいことがあります。
下見も、やり直しも、考え方としては、いまでも悪くないと思っています。
悪かったのは、「全部に対して、常にやる」ようにしたことでした。
いまは、必要なときだけ手で入れられるようにしてあります。
名簿の中身が怪しいときには、下見をします。
夜のうちに回線の調子が悪かった日には、やり直します。
ツールとして持っておく分には、役に立ちます。
既定で全部に適用したのが、行きすぎでした。
親切は、たいてい、「常に」を付けた瞬間から重くなります。
現場への報告は、少し言いにくいものになりました。
「2つ、機能を止めました」
「止めた? 増やすんじゃなくて?」
「はい。この2つで、延べ172時間を使っていました」
「……それは、止めるね」
数字を出せば、話は早いのです。
数字が無ければ、「せっかく作ったのに」で終わっていたと思います。
実際、この2つを作ったのは、こちらです。
自分で作ったものを、自分で外す。
これは、思っていたより気の重い作業でした。
この回で使った「内訳を出す」という手も、そのあと、何度も使うことになりました。
全体の数字を見ているうちは、どこが重いのかは、絶対に分かりません。
1件あたり何秒、という数字は、いろいろなものを足し合わせた結果です。
足し合わせたものを、いちど分けて並べる。
分けてみると、たいてい、思ってもいなかったところが大きく出ます。
この回では、それが172時間でした。
(つづく
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