これは、一つの営業支援ツールが少しずつ賢くなっていく、いまも続いている記録です。
派手な話は、ほとんど出てきません。
天才も、閃きも、一夜にして世界が変わる瞬間もありません。
あるのは、うまくいかなかった一件を実際に開いて、「なぜだろう」と眺めるところから始まる、ずいぶん地味な時間の積み重ねだけです。
書いていて少し気恥ずかしいのは、出てくる間違いの多くが、笑ってしまうほど単純なことです。
けれど、その単純な間違いを一つずつ拾っていくうちに、成績は「200社に2社」から「5社に1社」まで動きました。
改良の回数は、300を超えています。
『リストル:フォームリーチツール改善奮闘記』によろしければ、お付き合いください😊

■ 開発者バイアスによるアクセシビリティの欠如。顧客の「サイレント離脱」リスク

「画面の字が、読めないんです」
あるお客様から、そう言われました。
機能の話ではありませんでした。
成績の話でもありません。
ただ、読めない。
最初は、正直なところ、少し戸惑いました。
こちらの画面では、ふつうに読めます。誰の環境でも、同じ大きさで表示されるはずです。実際、表示は正しく出ていました。崩れてもいなければ、切れてもいません。設計どおりの大きさで、設計どおりに並んでいました。
あっ、と思ったのは、そこでした。
設計どおりであることと、読めることは、別だった。
その方の作業机は、画面から少し離れています。
画面そのものも、大きめのものを、少し遠くに置いています。
こちらは、画面から50センチのところで作っていました。
同じ大きさの文字が、こちらでは読めて、あちらでは読めない。
当たり前の話です。
このツールは、1日中開かれています。
送る文面を確かめ、進み具合を見て、うまくいかなかった会社を確かめる。
その画面を、朝から夕方まで見ています。
読みにくい文字を、1日中見続けるというのは、かなりの負担です。
しかも、その方は、そのことをなかなか言い出せずにいたようでした。
「みなさん、これで使えているんですよね。私だけかと思って」
そう言われました。これも、こたえました。
ツールが使いにくいとき、多くの方は、自分のせいだと思います。
自分の目が悪いのだろう。
自分が慣れていないのだろう。
そう思っているあいだは、こちらには何も届きません。
届かないまま、静かに使われなくなっていきます。
あとから何人かに聞いてみました。
「そういえば、ちょっと小さいと思ってました」
同じことを思っていた方が、他にもいました。
誰も、言い出していませんでした。
言い出すほどのことではない、と全員が思っていたわけです。
小さな不便というのは、そういうものです。
致命的ではないので、誰も言いません。
言われないので、こちらは気づきません。
気づかないまま、毎日、少しずつ負担をかけています。
■ 非機能要件(レスポンシブデザイン)の実装と、ユーザビリティテストの重要性

直したことは、単純です。
表示の大きさを、使う方が変えられるようにしました。
小さめ、ふつう、大きめ。
3段階です。
選んだ大きさは、覚えておくようにしました。
次に開いたときも、同じ大きさで出ます。
作業としては、半日ほどでした。
ここで、笑ってしまう話がありました。
大きさを変えられるようにしたところ、いちばん大きい設定にすると、画面の右端にあるボタンが、外へはみ出しました。
押せません。
大きくして読みやすくしたのに、押したいものが押せなくなっていました。
文字の大きさだけを変えて、入れ物の大きさを変えていなかったのです。文字が大きくなったら、入れ物のほうも、それに合わせて広がるようにしました。あわせて、画面が狭いときには、横に並んでいたものが縦に並ぶようにもしました。最初に言われた「読めない」から、思っていたよりも、いろいろなところに手が入りました。
直したあと、あらためて使ってもらいました。
「これなら大丈夫です」
それだけのやりとりです。
この回の直しは、成績表には一切載りません。
届く数は、1社も増えていません。こなせる数も、まったく同じです。
速くもなっていません。
成績表に一切載らない改良がある。
それでも、毎日この画面を見ている方にとっては、いちばん効いた改良だったかもしれません。
このあと、似た話がいくつか出てきました。
押せる場所が小さすぎる。
どこを押せばいいか分からない。
色が薄くて、区別がつかない。
どれも、こちらの画面では気になりませんでした。
気にならなかったのは、こちらが、その画面を作った本人だからです。
どこに何があるか、知っています。だから、探しません。
知らない人は、探します。
探して見つからなければ、それは無いのと同じです。
■ 潜在ニーズ(UX課題)を引き出すヒアリング。「困りごと」から「摩擦」への問いの転換

この件のあと、新しい画面を作ったときは、できるだけ、初めての方に触ってもらうようにしました。
黙って見ています。どこで手が止まるかを見ます。
手が止まったところが、直すべきところでした。
こういう改良は、数字にはなりません。
それでも、この道具を毎日使っているのは、成績表ではなく、人のほうです。
この件のあと、聞き方も変えました。
これまでは、こう聞いていました。
「何か困っていることはありませんか」
この聞き方だと、たいてい「特にありません」と返ってきます。
本当に無いわけではありません。
「困っている」と言えるほどのことではない、というだけです。
そこで、聞き方を変えました。
「毎日使っていて、少し面倒だと思うところはありますか」
これだと、出てきます。
「毎回、同じところを2回押すのが少し」
「一覧が長いので、下まで行くのが大変で」
「終わったかどうかが、ぱっと見て分からなくて」
どれも、困りごとではありません。ただ、毎日繰り返せば、それなりの時間になります。1日に10回、1秒ずつ余計にかかっているとしたら、1年で1時間近くになります。
この手の話は、こちらから聞きにいかないかぎり、出てきません。
そして、聞きにいく手間は、たいてい10分ほどです。
その10分を惜しんで、何か月も気づかずにいたことが、これまでに何度もありました。
■ KPI(重要業績評価指標)に表れないUX改善のROI。運用業務の効率化とリテンション

成績表に一切載らない改良がある。
でも、毎日使う人には、いちばん効く。
この2つを、並べて書いておきます。
どちらも本当のことでした。
最後に、この件のことを、少し違う角度から。
このツールは、営業のためのツールです。成績が上がれば、それだけ仕事になります。だから、成績を上げるための改良が、いちばん大事です。
それは、そのとおりです。
ただ、その成績表を毎日見ているのは、人です。
朝、開いて、昨日の結果を見る。
うまくいかなかった会社を確かめる。
今日の名簿を用意する。
その作業を、毎日します。その毎日が少しでも楽になれば、確かめる会社の数が増えるかもしれません。増えれば、直すところが見つかるかもしれません。
文字を大きくしただけで成績が上がる、とまでは言いません。
ただ、まったく関係ないとも思っていません。
ツールは、使われてはじめて効きます。
使いにくいツールは、少しずつ使われなくなります。
使われなくなれば、どれだけ賢くても、何も起きません。
この件の直しは、半日で終わりました。その半日を出すのに、何か月もかかったことになります。優先順位を決めるとき、こういう話は、いつも後ろのほうに来ます。
成績に効かないからです。
ただ、後ろに置いたまま、いつまでも順番が回ってこないのなら、それは置き場所が悪いのだと思います。
いまは、月に半日だけ、こういう話のための時間を取るようにしました。
半日で終わる話ばかりなので、月に1つか2つは片付きます。
この件は、ツールを使う方の話でした。
次の回は、メールを受け取る方の話です。
(つづく)
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