これは、一つの営業支援ツールが少しずつ賢くなっていく、いまも続いている記録です。
派手な話は、ほとんど出てきません。
天才も、閃きも、一夜にして世界が変わる瞬間もありません。
あるのは、うまくいかなかった一件を実際に開いて、「なぜだろう」と眺めるところから始まる、ずいぶん地味な時間の積み重ねだけです。
書いていて少し気恥ずかしいのは、出てくる間違いの多くが、笑ってしまうほど単純なことです。
けれど、その単純な間違いを一つずつ拾っていくうちに、成績は「200社に2社」から「5社に1社」まで動きました。
改良の回数は、300を超えています。
『リストル:フォームリーチツール改善奮闘記』によろしければ、お付き合いください😊

機械が勝手に書き足した親切な1行。自動化を過信して「読む」ことを忘れた日
新しい版を配ったら、受け取り側が断ってきました。
「これは受け取れません」
第3話で、更新の仕組みは直したはずでした。
3つの壁を越えて、ようやく届くようになった、あの仕組みです。
しばらくのあいだ、何ごともなく動いていました。
更新の仕組みには、道しるべのような書き付けがあります。
新しい版はどこにあるか。
どのくらいの大きさか。
中身が途中で入れ替わっていないか。
受け取り側は、その書き付けを先に読んでから、中身を取りにいきます。
その日、受け取り側は、書き付けを読んだところで止まりました。
「読めません」
最初は、また運び屋の話かと思いました。
日本語のファイル名の1件が、頭にありました。
違いました。
書き付けそのものを開いて、上から読んでみました。
1行、余計なものが混ざっていました。
中身とは何の関係もない、短い1行です。
書き付けを作るときに使ったツールが、親切に、自分の署名のようなものを書き足していました。
こちらは、そのツールに任せきりでした。書き付けは、自動で作られるものだと思っていました。
あっ、と思いました。
自動で作ったものを、1度も読んでいなかった。

■ 自動生成ファイルの盲点。機械の「過剰な親切」が引き起こすサイレントエラー
調べてみると、そのツールは、以前から同じことをしていました。
ただ、以前の受け取り側は、その1行を黙って読み飛ばしていました。
受け取り側が新しくなり、書き付けの読み方が、以前より厳しくなっていました。
知らない1行が混ざっていたら、受け取らない。
これは、正しい態度です。
書き付けというのは、「これから受け取るものが、本物かどうか」を確かめるためのものです。そこに知らないものが混ざっていたら、止まるのが当たり前でした。
直したのは、2つです。
1つ目は、その1行を出さないようにしたこと。
ツールの使い方を少し変えるだけで済みました。作業としては、10分ほどで終わりました。
2つ目は、こちらのほうが大事です。
配る前に、書き付けを自分で読む。
自動で作ったものでも、必ず1度、目を通す。
これを、配る手順の中に入れました。
■ 受け取り側の「厳格なファイル検証」が防いだ、全端末への異常データ配布

ここでも、笑ってしまう話があります。
この一件を直したあと、念のため、過去に配った書き付けを何本か開いて確かめてみました。
どれにも、同じ1行が入っていました。
つまり、ずっと前から入っていたのです。
これまで問題にならなかったのは、受け取り側が、たまたま寛容だったからでした。
こちらは、何も正しくやっていませんでした。
相手の親切に、気づかずに助けられていました。
この回で、いちばん書いておきたいのは、断ってくれた側のことです。
あの日、受け取り側が黙って受け取っていたら、おかしな書き付けの付いたものが、そのまま全部の端末に配られていました。
そして、こちらは何も気づきませんでした。
断ってくれたおかげで、おかしなものが配られずに済んだ。
用心深さというのは、たいてい、うるさく感じられます。
「そのくらい、通してくれてもいいのに」と思う場面は、いくらでもあります。
実際、この日も、最初はそう思いました。
1行くらい、読み飛ばしてくれてもいいのに、と。
少し経って、考えが変わりました。
読み飛ばす相手なら、もっと悪いものが混ざっていても、読み飛ばします。
厳しく見てくれる相手だからこそ、こちらの手落ちが、その場で分かりました。
用心深さは、うるさいくらいでちょうどいい。
■ 段階的リリース(カナリアリリース)の導入。安全なデプロイフローの構築

このツール自身も、いろいろなところで「確かめてから進む」ようにしています。その確かめが、ときどき、余計なお世話に感じられることがあります。
そういうとき、この日のことを思い出すようにしています。
止めてくれるものがあるから、安心して走れるところがあります。
止めてくれるものを外すのは、走るのが速くなったように感じるだけで、実際には、転ぶまでの距離が伸びただけかもしれません。
この一件のあと、配る手順そのものを見直しました。
これまでは、新しい版ができたら、そのまま配っていました。
いまは、間に一段だけ挟んでいます。
こちらの手元の端末に、先に配ります。
そこで、ふつうに立ち上がることを確かめます。
問題がなければ、次に少数の端末へ配ります。
そこでも問題がなければ、全体へ配ります。
3段階です。
手間としては、半日ほど余計にかかります。
その半日で、全端末に変なものが行き渡る事故を防げるなら、安いものだと思っています。
ここでも、情けない話がひとつ。
この3段階の仕組みを入れた最初の日、こちらの手元の端末にだけ配って、そのまま次の段階に進むのを忘れました。
3日ほど、新しい版が誰にも届いていませんでした。
手順を丁寧にすると、今度は、手順の途中で止まることが増えます。
どこまで進んだかを記録に残すようにして、ようやく落ち着きました。
■ QA(品質保証)プロセスの徹底と、例外処理を起点とするフェイルセーフの哲学
用心深さには、それなりの手間がかかります。
その手間を惜しむと、結局、もっと大きな手間になって返ってきます。
この記録に書いてきたことの、だいたい半分くらいは、その話かもしれません。
この回の教訓を、もう1度書いておきます。
自動でできることは、便利です。
書き付けを自分で作る必要はありません。
ツールに任せれば、一瞬で正確なものができます。
正確なもの、のはずでした。
ツールは、こちらの知らない親切をすることがあります。
悪気はありません。むしろ、良かれと思ってのことです。
その親切が、こちらの用途に合っているかどうかは、こちらが見るしかありません。
自動で作ったものでも、1度は自分で読む。
全部を読む必要はありません。配るものだけでいい。
配るというのは、こちらの手を離れて、他人のところへ行くということです。
手を離れる前に1度読む。
この記録の中で、何度も出てきた話です。
第4話では、送る手紙を読みました。この回では、配る書き付けを読みました。どちらも、読むまでは、問題があるとは思ってもいませんでした。
最後に、この回の受け取り側について、もう少し。
断ってきたのは、機械です。
用心深く作られた仕組みが、決められたとおりに、知らないものを弾いただけです。そこに判断はありません。
それでも、その1回のおかげで、ずっと前から混ざっていた1行に気づけました。
こういう仕組みは、ふだんは何もしません。何もしないので、「これは要らないのではないか」と思われがちです。
実際、こちらも過去に、似たような仕組みをいくつか外しています。
外して困らなかったものもあれば、あとで困ったものもありました。
働いていないように見えるものほど、外すかどうかの判断が難しい。

この回のあと、そう考えるようになりました。
働いた回数を数えておけば、少しは判断がつきます。
ゼロ回のまま何か月も経っているものについては、わざと1度、働かせてみる。
働けば、生きています。
働かなければ、いつのまにか死んでいます。
どちらなのかを知らないまま置いておくのが、いちばん良くありませんでした。
この回は、止めてくれる側に助けられた話でした。
この少しあと、こんどはこちらの置いた「止める仕組み」が、いちばん止めてはいけない相手を止めることになります。
(つづく)
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