リストル:フォームリーチツール開発奮闘記 あ と 3 秒― まだ終わっていない、あるツールの開発記 ―第3話「届いていた、はずだった」

リストル:フォームリーチツール開発奮闘記 あ と 3 秒― まだ終わっていない、あるツールの開発記 ―第3話「届いていた、はずだった」 フォームリーチ開発日誌

これは、一つの営業支援ツールが少しずつ賢くなっていく、いまも続いている記録です。

派手な話は、ほとんど出てきません。
天才も、閃きも、一夜にして世界が変わる瞬間もありません。

あるのは、うまくいかなかった一件を実際に開いて、「なぜだろう」と眺めるところから始まる、ずいぶん地味な時間の積み重ねだけです。

書いていて少し気恥ずかしいのは、出てくる間違いの多くが、笑ってしまうほど単純なことです。

けれど、その単純な間違いを一つずつ拾っていくうちに、成績は「200社に2社」から「5社に1社」まで動きました。
改良の回数は、300を超えています。

『リストル:フォームリーチツール改善奮闘記』によろしければ、お付き合いください😊

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「動いているように見える」不具合の恐怖。隠れたエラーをどう見つけるか

記録の中に、こんな1行がありました。
「更新の内容を確かめられませんでした」

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このツールには、自動で新しくなる仕組みが入っています。

改良した版を用意しておけば、使っている方が次に立ち上げたときに、そっと入れ替わる。
わざわざ「新しい版が出ました」と連絡しなくていい。
受け取る側も、何もしなくていい。
……はずでした。

この仕組みを入れたのには、理由がありました。
改良は、ほとんど毎週のように出ます。
そのたびに連絡して、手順を伝えて、確かめてもらう。
使う側からすれば、面倒でしかありません。
面倒なことは、だんだんやらなくなります。

やらなくなると、古い版のまま使い続けることになります。
古い版のまま困りごとが起きて、「それはもう直っています」と答えるのは、いちばん残念なやりとりです。

だから、黙って新しくなるようにしたかった。

■ 誰も気に留めなかった、毎日の静かなエラー行

その1行は、ずっと前から静かに出続けていました。
毎日のように出ていました。

誰も、気に留めていませんでした。

理由は、いま思えばはっきりしています。
困っていなかったのです。

改良した版は、そのつど手で配っていました。
配れば届く。届けば動く。
自動の仕組みが働いていようといまいと、目の前の困りごとは、何も起きていませんでした。

困っていなかったから、気づかなかった。
これは、あとから何度も出てくる形です。
困っていないところには、目が向きません。
目が向かないところで、静かに何かが止まっています。

止まっていることに気づくのは、たいてい、まったく関係のない用事で記録を眺めているときでした。
この1行が、なぜその日にかぎって目に留まったのかは、自分でもよく分かりません。
ただ、少し気になって、記録をさかのぼってみることにしました。
これも、面白みのない作業でした。

日付の古いほうへ、ひたすら遡っていく。
1日分ずつ開いて、その1行があるかどうかを見る。
あれば、次の日へ。

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1週間前にも、その1行はありました。
1か月前にも、ありました。
3か月前にも、ありました。

いちばん古い記録まで戻っても、ありました。

念のため、別の台の記録も見ました。同じでした。
現場の端末の記録も見せてもらいました。やはり同じでした。

あっ、と思いました。

この仕組みは、いままで1度も、最後まで届いたことがなかったのです。
入れた日から、ずっとです。

■ 「こんなものか」と思われたら、道具は静かに信用を失う

動いてはいました。
毎回きちんと動き出して、毎回きちんと、途中で引き返していました。

働いていなかったのではありません。
働いた形だけが、毎日そこにありました。

この間に出した改良は、30を超えていました。
そのどれも、自動では届いていませんでした。
手で配った分だけが、届いていました。

配り忘れた端末が1台でもあれば、その端末は、3か月前のまま動いていたことになります。

実際、そういう端末が、ありました。
その端末を使っていた方に、事情を伺いました。

「そういえば、ちょっと動きが古い感じはしてたんだけど、こんなものかと思ってました」

この一言も、こたえました。
困っていることを、困っていると言ってもらえるとはかぎりません。
こんなものだ、と思われたら、そこで終わりです。
道具は、黙って使われているあいだに、静かに信用を失っていきます。

直しました。今度こそ、と思いました。
ところが、更新は別の理由でつまずきます。
届け先の名簿に、日本語のファイル名が混じっていて、運び屋がそれを読めなかったのです。
これは、こちらの手違いです。

改良した部品に、分かりやすいようにと
日本語で名前を付けていました。
自分の机の上では、そのほうが便利です。
どれが何か、一目で分かります。

運ぶ側は、そうではありませんでした。
読めない字が混じっていると、そこで止まってしまう。

名前を英数字だけに直しました。
便利さを、少しだけ手放したことになります。

もう1度、送りました。

──今度は、新しくなったはずの端末が、古いままの動きをしていました。

■ 画面は嘘をついていない。ただ、見当違いの棚にあっただけ

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画面の隅には、確かに新しい表示が出ています。
「新しくなりました」と書いてあります。

しばらく、これを信じてしまいました。
ここが、いちばん間の抜けた話です。

画面は、嘘をついていませんでした。

ただ、画面が言っていたのは
「表示の版が新しくなりました」ということだけで、中身の話は、ひとことも言っていなかったのです。
こちらが勝手に、全部の話だと読んでいました。

この2つが別々に管理されていることに気づいたのは、現場から
「直してもらったところが、直ってないみたいなんだけど」
と言われてからでした。

表示の版と、中身の版。

この2つが、別々の場所で管理されていました。
片方を新しくしても、もう片方は前のままです。

どこかで聞いたような話です。
同じことを2か所で覚えていると、いつかずれる。

このときは、まだそのことに気づいていませんでした。
調べてみると、新しい部品は、まったく見当違いの棚にしまわれていました。

運ばれてはいた。置かれてもいた。
置き場所だけが、誰も見にいかない棚だった。

3つの壁を越えて、ようやく更新は届くようになります。

■ 配った数ではなく、届いたほうの数を数える

直したあとは、少し用心深くなりました。
自分の端末をわざと古い版に戻して、立ち上げて、本当に新しくなるかどうかを見る。

1度うまくいっただけでは信じないことにしました。
3日ほど、毎朝それをやりました。
3日目に、ようやく安心しました。

この1件のあと、1つだけ習慣が変わりました。
「届いているはず」のものを、ときどき、届いた側で数えてみる。
配った数ではなく、実際に新しい版で動いている台の数を、表にしました。

配ったほうの数は、こちらの都合です。
届いたほうの数だけが、事実です。

当たり前のようですが、当たり前だと思っていたからこそ、ずいぶん長いあいだ、見落としていました。

■ 「動いているように見える」という一番怖い穴を塞ぐために

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この回の話は、成績表には1行も出てきません。
届く会社が増えたわけではないからです。

それでも、いちばん怖い種類の話だと思っています。
このまま気づかなければ、これから直すもの全部が、同じ穴に落ちていました。

この話が、このツールの性格を一番よく表しているかもしれません。

派手な新機能の話ではないのです。
「届いているはずのものが、届いていなかった」
そういう穴を、ひとつずつ塞いでいく。
その繰り返しでした。

そして、この手の穴は、たいてい「動いていないところ」ではなく、「動いているように見えるところ」に空いています。

止まっていれば、誰かが気づきます。
毎日きちんと動いて、毎日きちんと引き返しているものには、誰も気づきません。

この日から、記録の読み方も変えました。
これまでは、何かあったときだけ開いていました。
困りごとが起きて、原因を探すために開く。
いまは、何もなくても、週に1度は上から下まで読みます。

読んでいると、必ず1つか2つ、「これは何だろう」という行が見つかります。
たいていは、何でもない行です。
10回に1回くらい、この回のような話が出てきます。
その1回のために、残りの9回を読んでいます。

そして、次の「これは何だろう」は、記録ではなく、送られた手紙の中で見つかることになります。

(つづく)


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