これは、一つの営業支援ツールが少しずつ賢くなっていく、いまも続いている記録です。
派手な話は、ほとんど出てきません。
天才も、閃きも、一夜にして世界が変わる瞬間もありません。
あるのは、うまくいかなかった一件を実際に開いて、「なぜだろう」と眺めるところから始まる、ずいぶん地味な時間の積み重ねだけです。
書いていて少し気恥ずかしいのは、出てくる間違いの多くが、笑ってしまうほど単純なことです。
けれど、その単純な間違いを一つずつ拾っていくうちに、成績は「200社に2社」から「5社に1社」まで動きました。
改良の回数は、300を超えています。
『リストル:フォームリーチツール改善奮闘記』によろしければ、お付き合いください😊
到達率わずか2%からの出発。営業支援ツール開発を前進させたアナログな検証手法
はじまりは、現場のひとことでした。
「一日に何百社も、問い合わせフォームから送りたいんだけど。
人の手だと、どうやっても間に合わないんだよ」
やろうとしていることは、言葉にすればとても単純です。
企業のホームページを訪れ、問い合わせフォームを見つけ、文章を入力し、送信する。
人間なら、誰にでもできます。

実際、どのくらいかかるものかを確かめるために、開発者は自分の手で、50社ほど送ってみました。
慣れてくると、1社あたり3分ほどでした。
100社で、休憩を挟んで5時間。
3分でできることを、機械にやらせるだけの話です。
そう思っていました。
■ 練習と本番の、埋めがたい溝
最初の版は、思いのほか早くできあがりました。
自分で用意した練習用のページでは、名前を入れ、用件を入れ、ボタンを押し、10回試して、10回とも送れました。
このときは、正直なところ、なかなかうまくいったな、と思っていました。
ところが、これを実際のウェブサイトへ向けると、話がまるで違ってきます。
日本中のウェブサイトは、一つとして同じ形をしていないのです。
名前を書く欄ひとつを取っても、こうです。
「お名前」「氏名」「ご芳名」「ご担当者様」「担当者名」
ふりがなの欄になると、さらに増えます。
「フリガナ」「ふりがな」「カナ」「かな」「よみがな」「セイメイ」
しかも厄介なのは、機械が見ているのが、画面に表示されている文字だけではない、ということでした。
ページの裏側には、その欄が何のための欄なのかを示す、符丁のような短い名前が書かれています。
人間の目には、決して映りません。
機械は、主にそちらを頼りにしています。
そして、その符丁の付け方は、ページを作った人の好みで、いくらでも変わるのでした。
同じ「ふりがな」でも、ある会社では英語の綴りで、ある会社では番号だけで、ある会社では、まったく関係のない言葉が付いていました。
最初の頃の成績は、正直に言って、ひどいものでした。
100社に送って、届いたのは2社。
現場に報告するのが、少し気まずいような数字です。
■ 「送信できませんでした」の理由を探して
「まあ、最初はそんなものでしょう」
そう言ってもらえましたが、98社分の、何も起きなかった時間がそのまま記録に残っているのは、あまり気分のいいものではありませんでした。
現場は、こちらが思っていたほど落胆していませんでした。
「2社でも、勝手に届いてるんだからすごいよ。
それより、残りが何で駄目なのか分かる?」
分かりません、と答えるしかありませんでした。
そこが、いちばん困っているところでした。
記録に残っていたのは、たいてい一行だけです。
「送信できませんでした」
それはそうだろう、と思いました。
知りたいのは、なぜ、のほうです。
そこで、ずいぶん地味な作業が始まりました。
うまくいかなかった会社を、1社ずつ、手で開いてみる。
表計算のソフトに、会社ごとの行を作りました。
1社分開いて、フォームを自分で埋めてみて、どこで機械がつまずいたのかを、その場で書き込んでいく。
一日で、20社ほどしか進みませんでした。
けれど、20社も見ると、同じ顔つきの話が、いくつか出てきます。

■ 機械が陥った、笑ってしまうほど単純な間違い
ある会社では、ふりがなの欄が、ほんの少しだけ違う名前で呼ばれていました。
こちらの手元にある呼び名と比べて、4文字ほどのズレ。
たった4文字です。
それだけで、機械はその欄を見つけられず、「必ず入力してください」と赤い字で止められていました。
ある会社では、電話番号の欄のすぐ上に、「ハイフンなしでご入力ください」と、はっきり書いてありました。
こちらも、ちゃんと読み取っていました。
ハイフンを外して、数字だけにして、欄に入れていました。
ところが、そのすぐあとの処理が、 「電話番号は読みやすいほうがいい」という、まったく善意の理由で、ハイフンを付け直していたのです。
2つの処理は、どちらも正しく動いていました。
正しく動いた結果、注意書きを無視していました。
またある会社では、送信ボタンを押したあとに「この内容で送信します。よろしいですか?」という小さな窓が出ていました。
こちらは、この手の窓が出たら、あらゆる確認に「いいえ」と答える決まりになっていました。
余計なものを押して、変なことが起きたら困る。
用心のつもりでした。
その用心が、送信の最後の一歩を、毎回自分で取り消していました。
笑ってしまった話が、もう2つあります。
1つは、姓と名が2つの欄に分かれているサイトです。
機械は、最初に見つけた欄に氏名をまるごと入れて、次の欄を空のまま残していました。
届いた側には、姓の欄にフルネームがそのまま入った問い合わせが届いていたはずです。
もう1つは、住所です。
都道府県、市区町村、番地。
三つに分かれている欄の、いちばん上に、住所をぜんぶ流し込んでいました。
あふれた分は、静かに切り捨てられていました。
さらに、あとから気づいたことがあります。
多くのフォームには、必ず書かなければいけない欄に、小さな印が付いています。米印だったり、赤い「必須」の二文字だったり。
こちらは、その印をまったく見ていませんでした。
埋められる欄を埋めて、埋め方の分からない欄は、空のまま送っていました。
人間なら、赤い印のあるところだけは、何としても埋めようとします。
優先順位が、まるで逆になっていました。
■ 「当たり前」を一つずつ書き足していく

30社ほど開いたあたりで、ようやく腑に落ちました。
機械が下手なわけではない。
こちらの手元の呼び名が、薄すぎるだけだ。
これは、ありがたい種類の話でした。
直しようのない相手ではなく、1つ書き足せば1つ減る、数えられる相手だったからです。
やることは、はっきりしました。
呼び名の一覧を、地道に増やしました。
最初は30ほどだった一覧が、やがて数百通りになりました。
注意書きを読んだあとに、余計な世話を焼かないようにしました。
読んだのに直す、をやめただけです。
確認の窓には、中身を見てから答えるようにしました。
「送信しますか」には、はい。
「取り消しますか」には、いいえ。
欄が分かれているときは、分かれている数だけ用意する。
赤い印の付いた欄は、何よりも先に埋める。
どれも、当たり前のことです。
当たり前のことを、一つずつ書き足しました。
100社に2社が、6社になりました。
6社が、12社になりました。
地味な作業でした。
誰かに話しても、たぶん面白くない類の作業です。
けれど、ひとつ直すたびに、確かに1社増えていました。
現場への報告も、少しずつ変わっていきました。
最初のころは「うまくいきませんでした」としか言えませんでした。
いまは「今週は、呼び名を40ほど足しました」と言えます。
同じ地味な話でも、数えられる話は、報告できる話でした。
このときに身についた癖が、あとあとまで、いちばん役に立つことになります。
うまくいかなかった1件を、実際に開いてみること。
画面の前で腕を組んで考えていた時間より、1社分を手で開いた10分のほうが、いつも多くを教えてくれました。
しかし、次の困りごとは、よそのウェブサイトではなく、こちらの机の上で起きました。
(つづく)
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