これは、一つの営業支援ツールが少しずつ賢くなっていく、いまも続いている記録です。
派手な話は、ほとんど出てきません。
天才も、閃きも、一夜にして世界が変わる瞬間もありません。
あるのは、うまくいかなかった一件を実際に開いて、「なぜだろう」と眺めるところから始まる、ずいぶん地味な時間の積み重ねだけです。
書いていて少し気恥ずかしいのは、出てくる間違いの多くが、笑ってしまうほど単純なことです。
けれど、その単純な間違いを一つずつ拾っていくうちに、成績は「200社に2社」から「5社に1社」まで動きました。
改良の回数は、300を超えています。
『リストル:フォームリーチツール改善奮闘記』によろしければ、お付き合いください😊

テストは完璧でも中身は不自然。自動化ツールにおける「人間視点」の検証手法
あるとき、新しい機能ができあがりました。
相手の会社に合わせて、書き出しの一文を用意する。
「貴社の◯◯という取り組みを拝見し──」
という、あの1行です。
考え方の出どころは、現場の話でした。
「同じ文章を1000社に送るのは、誰も読まない手紙を、1000通書くのと同じだよ」
「うちに来る営業のメールも、たいてい途中で読むのをやめるでしょう。
あれは、自分に宛てて書かれていないと分かるからだよ」
そう言われて、思い当たるところがありました。
同じ文面を1000社に送るのは、1000社分の時間を、少しずつ奪うことでもあります。
せめて1行だけでも、その会社のことに触れていれば、読むかどうかを決める段階までは、辿り着けるかもしれない。
■ 完璧なテストをすり抜けた、不自然な手紙

動作は完璧でした。
狙ったとおりの位置に、狙ったとおりの一文が入りました。
試しに20社分作らせてみて、20社とも正しく入りました。
設計どおりでした。
念のため、送ったものを自分宛にも1通、届くようにしてみました。
これは、特に理由のある思いつきではありません。
なんとなく、実物を見ておきたかっただけです。
いま思えば、この「なんとなく」が、このツールの向きを1つ変えました。
テストは、20社分通っていました。
通っていたのは、「一文が正しい位置に入ったか」です。
誰も、手紙として読んではいませんでした。
開いてみました。
貴社サイトを拝見し、感銘を受けました。
株式会社◯◯◯◯
ご担当者様
はじめまして。突然のご連絡失礼いたします──
しばらく、画面を見ていました。
挨拶より先に、本題が来ていたのです。
■ 「本文の先頭」という言葉の、人間と機械のすれ違い
声に出して読んでみると、なお変でした。
いきなり感銘を受けて、そのあとで、はじめまして、と名乗っている。
道で知らない人に肩を叩かれて、「素晴らしいですね」と言われたあとに、「はじめまして」と続くようなものです。
念のため、他の会社分も読んでみました。
どれも同じでした。
20社分、きれいに、同じ変な形をしていました。
現場にも見せました。
「これは、送っちゃ駄目なやつだね」
笑っていましたが、そのとおりです。
この文面を1000通送っていたら、届いた数が増えるほど、印象は悪くなっていたはずです。
届くことと、読まれることは、別の話でした。
プログラムは、何ひとつ間違っていません。
指示どおりに、正しく動いていました。
指示が、こうだったからです。
「用意した一文を、本文の先頭に置くこと」
本文の先頭。
こちらの頭の中では、それは「挨拶のあと、用件が始まるところ」でした。
機械にとっては、そうではありません。
本文の先頭は、いちばん上の1行目です。
宛名も、挨拶も、その下にありました。
その指示を書いたのは、自分でした。
書いたときには、何の疑いもありませんでした。
本文の先頭、と書けば、伝わると思っていました。
伝わっていました。伝わりすぎるくらい、そのとおりに。

あっ、と思いました。
同じ言葉を、2人が別の意味で受け取っていた。
コードを何時間眺めても、絶対に気づけない種類の行き違いです。
書いてあるとおりに動いているのですから、どこにも直すところがありません。
実際に送られたものを読んだから、分かりました。
書き出しの一文は、宛名の下へ引っ越しました。
■ 見ていたのは実物ではなく「実物によく似た別物」
ついでに、送信前の確認画面も見てみることにしました。
こちらのツールには、送る前に文面を確かめる画面があります。
現場の方が、目で見て確認するためのものです。
これも、はじめから疑っていたわけではありません。
文面を直したのだから、確認画面にも同じものが出るはずだ。
その「はず」を、1度だけ確かめてみようと思っただけです。
並べて見比べるまで、5分もかかりませんでした。
その画面に表示されている文章と、実際に送られる文章が、微妙に違っていました。
改行の数が違う。
署名の前の1行が、片方にはあって、片方にはない。
会社名の入り方も、少し違っていました。
どれも小さな違いです。
小さいから、しばらく気づきませんでした。
現場の方は、この画面を見て、送るかどうかを決めています。
その画面が実物と違っているというのは、言葉にすると、なかなか具合の悪い話です。
見ていたのは、実物ではなく、実物によく似た別物でした。
理由は単純でした。
確認画面をつくる係と、本番を送る係が、同じ仕事を、別々に覚えていたのです。
最初に片方を作り、あとから同じものを、もう片方にも書いた。
そのあと、片方だけを直した。
ここでも、笑ってしまうことがありました。
書き出しの位置を直したとき、最初に直したのは、確認画面のほうだったのです。
画面はきれいになりました。
文面も、読んでみて自然でした。満足しました。
そして、実際に送られていたのは、相変わらず、挨拶より先に本題が来るほうでした。
2日ほど、そのことに気づきませんでした。
同じことを2か所に書くと、いつか必ずずれる。
直し方は、地味です。
文面を組み立てる係を、1人だけにする。
確認画面も、本番も、その1人に聞きにいく。
それだけです。

■ 数字の成績表には現れない「日本語としての見え方」
この直しは、まる1日かかりました。
新しいことは、何ひとつしていません。
同じことを2か所に書いてあるのを、1か所にまとめただけです。
直したあと、画面の見た目は何も変わりませんでした。
現場に報告することも、特にありませんでした。
こういう日が、ときどきあります。
何かができるようになったわけでもなく、何かが速くなったわけでもない。ただ、これから先、同じずれ方をしなくなる。
その日の作業を人に説明しようとすると、いつも、うまく言えません。
「昨日は何をしていたんですか」
「同じことが2か所に書いてあったので、1か所にしました」
「……それで、何が良くなったんですか」
「何も良くなっていません。これから悪くならなくなりました」
言っていて、自分でも変な気がしました。
それでも、たぶん、そういう仕事です。
それでも、この直し方には、思っていたよりも大きな効き目がありました。
以後、文面に関する直しは、どこか1か所を直せば、必ず両方に反映されます。
「片方だけ直っている」という状態が、起こりようがなくなりました。
もう1つ、この回から始まった習慣があります。
送ったものを、ときどき自分で1通、読む。
送った文面は、そのまま保存しておくようにしました。
あとから、いつでも読み返せます。
読み返すと、たいてい、直したいところが1つ見つかります。
数字を眺めていても、それは見つかりません。
成績表の数字は、送った結果を教えてくれます。
届いたか、届かなかったか。けれど、送られた手紙が日本語としてどう見えるかは、教えてくれません。
数字の上では、あの文面もきちんと「届いた1件」として数えられていました。
その数字と正面から向き合う日が、夏の終わりに来ます。
(つづく)
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